性腺のホルモン
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卵巣のホルモン
雌 ( 女性 )の生殖腺 卵巣 ovary が分泌するホルモン:
- 3 種類の エストロジェン
- エストロン estrone
- エストラジオール‐17b estradiol‐17b
- エストリオールestriol
が見いだされ,このうちエストラジオール‐17b が分泌量,生物活性ともに最も高い。
- プロジェステロン
[ 詳細についてはプロジェステロンのページへ ]
また,上図の右はステロイドホルモンの骨格となる構造であり,ステロイド環(またはステロイド核)と呼ばれ,図中の数字は炭素位置の番号を示す。
ステロイドホルモンの合成経路(略図)ならびに慣用名と系統名(化学名)の対応表を以下に示す。
ステロイドホルモンはいずれも性腺でコレステロールからつくられるが,胎盤,副腎皮質でもつくられる。
雄性ホルモンの総称をアンドロジェンといい,その代表的なホルモンの慣用名がテストステロン,系統名(化学名)を17b-ヒドロキシ-4-アンドロステン-3-オンと呼ぶ。以下同様である。
エストロジェン estrogen の作用
「エストロジェン」は雌の動物に 発情 estrus を起こさせるホルモンの総称で(1ホルモンの慣用名ではないことに注意),一群の雌性ホルモンをさし,発情ホルモン,卵胞ホルモン,または濾胞(ろほう)ホルモンともよばれる。
作用としては,
- 子宮の発達
- 子宮内膜や乳腺の発達
- その他の二次性徴の促進
- 脂肪合成の増加
- 肝機能や骨代謝への影響
などがある。
男性でも,精巣でわずかながらエストロンが合成され,副腎皮質から分泌されたアンドロステンジオールがわずかにエストロンに変換される。
プロジェステロン progesterone の作用
子宮内膜に妊娠(gestation)様の変化を引き起こすホルモンの総称をジェスタージェン gestagen という。その代表的なホルモンはプロジェステロンである。
プロジェステロンによって子宮粘膜は分泌像を呈し,妊娠様の変化を引き起こす。 [ プロジェステロンのページはこちら ]
エストロジェンとプロジェステロンの作用機序
エストロジェンとプロジェステロンはどのようの作用するのか?
ステロイドホルモンの作用機序についてはホルモンの種類と作用 2.ステロイドホルモンですでに述べたが,一部ここに再掲する。
- 内分泌細胞で分泌されたエストロジェンやプロジェステロンは”標的細胞” に運ばれる。
- ステロイドホルモンは分子量が小さく,脂溶性分子なので細胞膜を自由に通過できる。
- ステロイドホルモンは細胞質を通過して核に到達する。
- 核内の受容体に結合して生じたステロイドホルモン-受容体複合体[ オートラジオグラフはこちら ]は,エストロジェン ( またはプロジェステロン ) リスポンス・エレメント と呼ばれる特異的な DNA 配列に結合する。
- その結果,特異的な遺伝子が活性化し,mRNAの転写が開始し( 場合によっては,終了し ) ,
- 特異的なタンパク質の合成(または停止)によって,
- ホルモンに対する反応が生じる。
ステロイド受容体とそのリスポンスエレメントについてはこちら |
クロマチンの構造とステロイド受容体との関係についてはこちらも参照のこと |
エストロジェンとプロジェステロンの分泌制御
エストロジェン の合成と分泌は 卵胞刺激ホルモン follicle-stimulating hormone ( FSH ) によって促進される。
そして,その FSH は視床下部から分泌される ゴナドトロピン放出ホルモン gonadotropin releasing hormone ( GnRH ) によって刺激される。
視床下部 hypothalamus | → | GnRH | → | 下垂体 pituitary | → | FSH | → | 卵胞 follicle | → | エストロジェン estrogens |
エストロジェンが高濃度になるとホルモンの負のフィードバックが働き,GnRH の放出を 抑制 する( 図には上向きの矢印で示してある )。
プロジェステロン の生産は 黄体形成ホルモン luteinizing hormone ( LH ) によって促進される。そして, LH も GnRH によって刺激される。
視床下部 hypothalamus | → | GnRH | → | 下垂体 pituitary | → | LH | → | 黄体 corpus luteum | → | プロジェステロン progesterone |
プロジェステロンが高濃度になると,負のフィードバック・ループによって,GnRH の分泌を 抑制 することによって,プロジェステロン自身の濃度が制御される。
このページでは,ヒトの性周期 ,妊娠 ,分娩におけるホルモン分泌の変化について述べる。
性周期
一定の間隔で性周期が繰り返される。この間,卵巣において卵胞の発育が始まり,卵胞から多量のエストロジェンが分泌される。
- エストロジェン濃度の上昇により,子宮内膜が肥厚し,血管や分泌腺が発達する。
- LH 濃度の上昇によって,卵胞内の発育卵が 第 1 減数分裂 を完了し, 2 次卵母細胞 を形成する。
- 約 2 週間後に,LH サージ ( 一過性の大量分泌 ) が起こる。
- LH サージが 排卵 ovulation を誘起する。2 次卵母細胞は卵管に放出される
- 引き続き LH の影響下で,破裂卵胞は 黄体 corpus luteum へと発達する ( このため,黄体形成ホルモンと呼ばれている ) 。
- LH の刺激を受け,黄体は プロジェステロン progesterone を分泌する。これによって,
- 子宮内膜は妊娠のための準備をする。
- 子宮筋の運動が抑制される。
- 新しい卵胞の発達が抑制される。
- 受精が成立しなかった場合には,
- GnRH の放出が抑制される。これによって,
- プロジェステロンの生産と分泌が急減する。
- プロジェステロン濃度が低下するにつれ,
- 黄体が退行し始める。
- ( ヒトの場合 ) アポトーシス による子宮内膜の剥離が始まる。
- 子宮筋の抑制が解除される。
- ( ヒトの場合 ) 月経が発来する。
家畜においても,LHサージと排卵時間との関連が明らかとなっている。主な家畜のデータを右図に示す。
妊娠
卵管内で受精が成立すれば,受精卵は 有糸分裂 を開始する。約 1 週間で,胚盤胞 blastocyst と呼べれるステージに発育する。
この時期には,胚盤胞は子宮に到達しており,子宮内膜に 着床 implantation する。これによって,妊娠が成立する。
- 将来胎児となる 内細胞塊 inner cell mass
- 将来胎盤 ( 胎膜 ) となる 栄養膜細胞 trophoblast
- 羊膜
- 胎盤
- 臍帯
- ヒト 絨毛性ゴナドトロピン chorionic gonadotropin ( hCG ) の分泌が始まる。
hCG は糖タンパク質ホルモンで,2 量体からなる。
hCG の作用は FSH と LH の作用と極めて類似している。 1 つ異なるのは,hCG はプロジェステロン濃度の上昇によって抑制されないことである。 そのため,hCG は黄体の退行を防ぎ,プロジェステロンの濃度を維持して妊娠が継続するように働く。
着床した栄養膜から hCG が分泌され,分泌量は妊娠第 6 – 8 週ころまで急激に増加するので,妊娠診断法として妊婦の尿中の hCG を検出法が用いられている。
黄体からのプロゲステロン分泌が続くが,妊娠 3 ヵ月ころからは胎盤が黄体に代わってホルモン分泌の主要源となり,妊娠の維持に重要な役割を果たす。
分娩
分娩が近づくと,
- 胎盤によって分泌される エストロジェン が 上昇 する。
この濃度上昇は胎児自身によって引き起こされる: - エストロジェンの濃度が上昇することにより,子宮の 平滑筋 において,
- オキシトシン は下垂体後葉から分泌される。
- 多量の プロスタグランジン prostaglandin も母胎血中,羊水中にみられる。
- オキシトシンとプロスタグランジンの両方が子宮収縮を誘発し,分娩が開始する。
分娩後 3 – 4 日して,泌乳が開始する。
- 乳性産は下垂体ホルモンである プロラクチン prolactin ( PRL ) によって刺激される。
- オキシトシン によって乳腺胞から乳汁が排出される。
- 乳汁には乳生産を抑制するペプチドが含まれており,乳腺に乳汁が残っていると乳生産が始まらない。この 自己分泌 autocrine 作用により,適切な乳汁生産が行われる。
家畜における 泌乳 の詳細についてはこちら |
卵巣由来のその他のホルモン
- リラキシン relaxin
分娩が近づくとある動物では ( ブタやラット ) ,リラキシンが分泌される。- 恥骨結合を弛緩させる。
- 子宮頸管を拡張させる。
リラキシンは妊婦でも検出されているが,分娩時よりも妊娠の初期で濃度が高い。リラキシンは 血管新生 を促し,ヒトでは子宮と胎盤の境界面の発達に重要な働きをしていると考えられている。
- アクチビン Activin, インヒビン Inhibin, フォリスタチン Follistatinこれらのタンパク質は卵胞で合成される。アクチビンとインヒビンはフォリスタチンに結合する。それらの名前が示すように,アクチビンは FSH 分泌を促進し,インヒビンは抑制する。これらの働きは十分解明されていないが,脊椎動物の胚発育にアクチビンとフォリスタチンが関与していることが示唆されている。
その他のホルモンの詳細についてはこちらへ |
環境ホルモン
我々取り巻く環境にある物質の中に,ホルモン活性に影響を及ぼすものがある。たとえば,
- DDE , かつて大々的に使用された殺虫剤の DDT 分解生成物
- DDT そのもの ( まだ一部の国で使用されている )
- PCB , かつて産業的に広く用いられていた化学物質
これらの化学合成物質がエストロジェンならびにアンドロジェン受容体に結合し,ホルモンの効果を発揮したり,抑制的に働くことがある。
その結果,ガンの発生や精子数の減少などの有害な影響を与えるとして,社会的な問題となっている。
しかし,これらの報告には確証がないなどの意見もあり,必ずしも見解が一致していない。
化学合成物のヒト生殖への影響についてはこちら |
精巣のホルモン
男性の二次性徴の発達に作用を現すホルモンの総称をアンドロジェン androgenという。主要な雄性ホルモンは テストステロン testosterone である。
このステロイドは,精巣 testis の間質( ライディッヒ,Leydig )細胞で生産される。テストステロンの分泌は性成熟期に急激に上昇し,いわゆる雄( 男性 )の二次性徴を発達させる。
テストステロンは精子生産にも必要である。
精巣の部位と構造はこちらへ |
テストステロンの生産は下垂体前葉から分泌される 黄体形成ホルモン ( LH ) によって制御されている。そして,LH は 視床下部 から放出される GnRH によって制御されている。 LH は間質細胞刺激ホルモンとも呼ばれる ( ICSH ) 。
視床下部 hypothalamus | → | GnRH | → | 下垂体 pituitary | → | LH | → | 精巣 testes | → | テストステロン Testosterone |
テストステロンの濃度調整には負のフィードバック制御が働いている。すなわち,テストステロンの濃度が上昇すると,視床下部からの GnRH 放出が抑制される。これは,雌( 女性 )におけるエストロジェンの濃度制御と同じである。
同化ステロイドホルモン
多くの 合成アンドロジェン が治療用に利用されている。この薬剤は体重や筋力増加を促進する。そのため,運動選手に利用されている。
治療の量をはるかに超えて用いられることにより,精巣サイズ減少,精子数低下などの現象が起こる。
性腺機能の遺伝的異常
男性と女性の性分化が正常に行われない場合がある。単一遺伝子の突然変異による例を見てみよう。
- GnRH 受容体 をコードする遺伝子の異常-性成熟が起こらない。
- LH 受容体 をコードする遺伝子の異常-性分化が正常に進行しない。
- FSH 受容体 をコードする遺伝子の異常-生殖腺が発達しない。
- テストステロン の合成と代謝に関わる酵素をコードする遺伝子の異常-雄性の機能が発現しない。
- アンドロジェン受容体 をコードする遺伝子の異常-雄性の機能が発現しない。
男性にもエストロジェンが必要である!
1994 年に,エストロジェン受容体 をコードする遺伝子に異常をもつ男性の例が報告された。ナンセンス突然変異で,タンパク質の初めの方のアルギニンのコドン ( CGA ) が停止コドン ( TGA ) に変わってしまったために,エストロジェン受容体が生成できなかった例である。
この男性は非常に背が高く, 骨粗鬆症を患い,X 脚であった。彼の遺伝病によって,エストロジェンは雌雄で正常な骨発育に重要な役割を果たしていることが判明した。
残念ながら,この男性が受精能を有していたかどうかは不明である。しかし,エストロジェン受容体遺伝子 をノックアウトしたマウスは不妊であることが報告されている ( Nature,1997 年 12 月 4 日号 ) 。
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February 06, 2020